JP EN

市原湖畔美術館開館10周年記念展「湖の秘密-川は湖になった」

2023.07.15.Sat.

- 2023.09.24.Sun.

8人のアーティストが解き明かす、土地の記憶と風景


市原湖畔美術館がそのほとりに建つ高滝湖。その底には、ダムの建設とともに沈んだ 110 戸の村の記憶が眠っています。市原市を南北に縦断し東京湾に注ぐ養老川は、「母なる川」として親しまれ、時に「暴れ川」として多大な被害をもたらしながら、豊かな土壌と独特の景観、生活文化を生み出しました。
 本展は、養老川と高滝湖をめぐる地域の歴史、地勢、民俗を掘り下げ、土地をひとつの発想の源として、絵画、写真、映像、彫刻、インスタレーション、パフォーマンス、さまざまなメディアの 8 人のアーティストたちが美術館内外の空間に” サイトスペシフィック “ともいうべき作品を展開する展覧会です。アーティストの想像力と土地の力の化学反応により不可視の風景が現出し、新たな物語が始まります。

出展作家:岩崎貴宏/大岩オスカール/尾崎悟/加藤清市/菊地良太/南条嘉毅/松隈健太朗/椋本真理子

映像制作:田村融市郎

見どころ

上:加藤清市《水没した村の記憶》、下:南条嘉毅《38m −ネトの湖−》(2023年)撮影:田村融市郎

高滝湖誕生の秘密を解き明かす ――川はなぜ湖になったのか

高滝湖は、1990年、高滝ダムの建設によって誕生した人工湖です。高滝ダムは、度重なる氾濫で人々を苦しめた養老川の本格的改修と、市原市北部の工業化・人口増に伴う水源開発を目的に20年の歳月をかけて建設されました。しかし、それと引き換えに 110 戸の村が湖の底に沈みました。
 その過程をつぶさにカメラにおさめていたのが、市原湖畔美術館の近隣に在住する加藤清市です。本展では、ダムによる新しい生活への希望と古を失う人々の寂たる思いを写した1500枚を超える写真から選ばれた、30余点による《水没した村の記憶》を展示します。
 風景とその場所性をテーマにした作品で奥能登や瀬戸内の国際芸術祭等でも活躍著しい南条嘉毅は、地域の人々への取材や郷土資料のリサーチをベースに、川が運び湖に堆積し続ける土壌(ネト)、地域で収集された民具、映像、音によるインスタレーション《38m −ネトの湖−》を展開。湖の底に消えていった風景を現出させます。

上:大岩オスカール《Yoro River1》《Yoro River2》(2023年)、下:岩崎貴宏《知波乃奴乃》(2023年) 田村融市郎

養老川の時空を超えた風景が現出する

養老川は、房総半島の最高峰・清澄山に源を発し、市原市の中央部を南北に貫いて東京湾に注ぐ総長75km、千葉県を代表する河川です。全国的にも知られたその曲流は時に洪水による多大な被害をもたらしましたが、一方で肥沃な土壌を運び、豊かな菜の花栽培を可能とし、曲流を人工的に短絡し水田にする「川廻し」や、素掘りのトンネル、藤原式揚水機の発明など、人々の工夫による独特の景観を生み出しました。
 ニューヨークを拠点に国際的に活躍し、「川」をテーマとした作品も多く手掛ける大岩オスカールは、養老渓谷から、小湊鉄道がのどかに走る住宅地、そしてコンビナートが林立する工場地帯へと流れる養老川のダイナミックに変化する風景を虚実入り混ぜながら、全幅12メートル、高さ3メートルの巨大な壁画に描き出します。
 第57回ヴェネチア・ビエンナーレ日本代表、芸術選奨新人賞、タカシマヤ美術賞受賞など注目の集まる岩崎貴宏は、「房総」「千(の)葉」という名の由来でもある豊かな大地が育んだ菜の花を始めとする植物の花や葉、農産物、水車や橋、鉄塔など、川辺に点在する構造物に注目、河口から源流へと遡る養老川の風景を繊細で儚いインスタレーションによって表現します。

尾崎悟+松隈健太朗(2023年) 田村融市郎

二人の彫刻家が創出する生きものたちの世界

養老川が長い歳月をかけてつくりだしてきた渓谷や森。あるいは川や湖の底。そこに棲む生きもの全てを祝福する世界が、千葉県在住の二人の彫刻家・尾崎悟と松隈健太朗の初のコラボレーションにより表現されます。
 ステンレスで自然を造形する尾崎は、川が刻む時の流れと空間の変質を想起させ、大地の声が聞こえてくるような空間を創出します。その磁場の中で、松隈の「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」とも言える生きものたちの世界が息づきます。木の声を聴き、そこから愛らしくも怖さを感じさせる姿かたちを彫り出し、生きることへの得体の知れなさを問うてきた松隈は今年2月、膵臓癌により逝去しました。本作は松隈の遺作となります。

上:椋本真理子《water gate》(2011年)、下: 菊地良太《lake side mapping》(2023年) 田村融市郎

湖畔全体が美術館?!

今回、作品が展開されるのは展示室内にとどまりません。
 彫刻家・椋本真理子は、ダムや水門、噴水や花壇といった、人の手によって造られ整備・管理されていくなかで自然環境に溶け込んでいく人工物をモチーフに作品を制作しています。本展では、市原湖畔美術館のコンクリートの壁や柱が「ダム」そのもののように見え、外壁のアートウォールの折板が「水面」のように見えたことから着想を得た作品群が、美術館内外に展開されます。
 アーティスト・菊地良太は、「フリークライミング」の手法で自らの身体を用いて風景に介入し、そのパフォーマンスの様子を写真や映像に記録しています。今回、舞台となるのは高滝湖畔、養老川流域に存在する建造物やモニュメントです。本展では、高滝湖を一望できる大きな窓のある展示室を拠点に、美術館周辺の外の空間にも作品が展開されます。湖畔(ストリート)を散歩してみると、菊地がのこした痕跡に出会えるかもしれません。

夏休みの自由研究は市原湖畔美術館へ!

「湖の秘密」を解き明かそうとアーティストが様々な手法で作品をつくる過程は、驚きと発見に満ちています。美術(図画工作)だけではありません。社会、理科、国語、体育、音楽……そこには自由研究の種が沢山あります。
 市原湖畔美術館では会期中、ユニークなイベント、ワークショップ(*イベントページを参照)を開催するとともに、美術館1階の多目的ホールに「夏休みの自由研究ルーム」を開設します。養老川や高滝湖の資料のほか、アーティストが作品をつくるプロセスや素材を紹介するコーナーを設けます。今年の夏休みは、市原湖畔美術館で見たこと、感じたことを、自由研究にしてみませんか?
※「夏休みの自由研究ルーム」には、紙と色鉛筆のみ設置しています。

設立から10年――地域と協働する美術館へ

市原湖畔美術館は、1995年に開館した観光・文化施設「市原市水と彫刻の丘」のリニューアルにより、市原市の市制施行50周年を記念して2013年に誕生しました。「里山の地に足でしっかり立ち、眼は広く世界を眺める」を志として、地域に根差し、子どもたちにとって楽しく新鮮な体験ができる、首都圏のオアシスでもあるようにありたいという思いで運営してきました。
 本展は、そうした思いを新たに、より深く、広く地域と繋がりながら、世界に開かれたいとの願いのもとに企画いたしました。昨年11月にオープンした市原歴史博物館をはじめ、高滝湖や養老川、養老渓谷に関わる多数の団体や企業、住民の方たちの協力を得て実現するものです。
 アーティストが光を当てる私たちの地域の宝を、ぜひご高覧ください。

「10周年特設ページ」はこちら

プロフィール

撮影:友枝望

岩崎貴宏(Takahiro Iwasaki)[1975-]

1975年広島県生まれ、広島県在住。広島市立大学芸術学研究科博士課程修了。エジンバラ・カレッジ・オブ・アート大学院修了。2015年、ニューヨークのアジアソサイエティにて個展、同年、黒部市美術館と小山市立車屋美術館で個展を開催。第10回リヨン・ビエンナーレ(2009年)、ヨコハマトリエンナーレ(2011年)、第7回アジア・パシフィック・トリエンナーレ(2012年)、2013アジアン・アート・ビエンナーレ(国立台湾美術館)、第8回深圳彫刻ビエンナーレ(2014年)、奥能登国際芸術祭(2017年)などの国際展、「六本木クロッシング」(東京、2007年)、「日常の喜び」(水戸芸術館現代美術センター、水戸、2008年)、「trans×form – かたちをこえる」(国際芸術センター青森、青森、2013年)、「日産アートアワード2015」(BankART Studio NYK、横浜、2015年)などのグループ展への参加多数。第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(2017年)日本館代表作家。

©Oscar Oiwa Studio

大岩オスカール(Oscar Oiwa)[1965‐]

1965年ブラジル、サンパウロ生まれ、ニューヨーク在住。サンパウロ大学建築学部卒業後、東京の建築事務所で働きながらアーティスト活動を始める。その後、ロンドン、ニューヨークと居を移し、サンパウロ、ニューヨーク、東京を拠点に制作を続けている。独特のユーモアと想像力で、物語性と社会風刺に満ちた世界観を力強くキャンバスに表現。緻密なタッチや鳥瞰図的な構図を使い、新聞記事やネットの中に社会問題の糸口を見出し、入念なリサーチをもとに大画面をしあげる彼の作風のファンは多く、国内外の多くの美術館で作品が収蔵されている。大地の芸術祭、 瀬戸内国際芸術祭、奥能登国際芸術祭など国際芸術祭にも多数参加、2019年の金沢21世紀美術館での個展には15万人以上の来場者があった。

尾崎悟(Satoru Ozaki)[1963-]

1963年東京都生まれ、千葉県在住。1986年東京藝術⼤学藤野奨学⾦受賞、作品「鶏」鍛⾦研究室に買い上げ 、1990年東京藝術⼤学⼤学院修⼠課程修了(鍛⾦専攻) 終了制作「泉」東京芸術⼤学芸術資料館に買い上げ。 1993年 東京藝術⼤学⼤学院博⼠課程後期課程修了 。アメリカ、シンガポール、オランダ、モナコ、台湾等海外のアートフェアに多数出展。The Modern Minstrels in Metalworking(2018年、東京、Lixil Gallery)、West Bund Art and Design(2020年、上海)等に参加。虚と実、愛と憎しみ、満つる事と虚ろな事、凹と凸など相反するふたつのことを心の重心に置き、主に金属を用いて造形する。

加藤清市(Seiichi Kato)[1938-]

1938年千葉県市原郡高滝村不入生まれ。以来84年この地に暮らす。
1963年川崎製鉄株式会社へ入社後、1967年から会社の業務上で写真撮影、現像、プリント等に携わったことをきっかけに写真全般に関心を持ち独習で写真を学ぶ。1969 年、日本報道写真連盟(毎日新聞)に加入。1990 年、ニッコールクラブに入る。2018 年、ニコンプラザ新宿 THE GALLERY にて個展「ちゃーちゃんありがとう」。2021 年、市原湖畔美術館 戸谷成雄展関連企画展「湖の記憶」にて、水没する前の村の写真を発表。2022 年、ニコンプラザ東京 THE GALLERY にて、個展「水没した村の記憶」。

菊地良太(Ryota Kikuchi)[1981-]

1981年千葉県生まれ、同在住。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業、東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。フリークライマーとしての独特の視点を美術表現へと変換させ、都市や風景に内在する様々な領域や境界線を可視化させる作品を発表している。主な作品発表に、『そとのあそび~ピクニックからスケートボードまで~』展(市原湖畔美術館/2018年)、北アルプス国際芸術祭2020-2021(長野県大町市/2021年)、東京歌舞伎町タワー(2023年施工)のアートプロジェクトに参加。

南条嘉毅(Yoshitaka Nanjo)[1977-]

1977 年香川県生まれ。2002 年に東京造形大学研究科(絵画)を修了。
東京、和歌山を拠点に、風景とその場所性テーマとしたインスタレーションや絵画作品の制作活動を各地で展開する。制作対象の場所に赴き、取材や調査を繰り返し、現在だけではなく歴史的・地理的側面からもその土地を考察し、複層的な表現方法をとる。また制作場所の土壌などをもちいることで、場所が持つイメージや時間を付与する試みも行っており、その根底には絵画の場所性に対する作家なりの試行が垣間見える。2017年の奥能登国際芸術祭以降は、土、砂を主要な材料としながらも、音と光を加えノスタルジックな空間を通した劇場型のインスタレーション作品として新たな表現方法を確立。いちはらアート×ミックス(2017年)、瀬戸内国際芸術祭での制作機会も重ね、奥能登国際芸術祭2020+ではアーティストとしてだけでなく「スズ・シアター・ミュージアム 光の方舟」のキュレーションと演出も担った。

松隈健太朗(Kentaro Matsukuma)[1968-2023]

1968年和歌山県生まれ、茨城県取手市育ち、千葉県柏市在住。1994年東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。2017年Art in the office 2017 CCC AWARDS グランプリ受賞。廃木材や流木を用い、「生きる」をテーマに彫刻作品を制作。2023年、膵臓癌のため逝去。

椋本真理子(Mariko Mukumoto)[1988-]

1988年神奈川県生まれ、東京都在住。2013年武蔵野美術大学造形研究科美術専攻彫刻コース修了。ダムや水門といった巨大人工物やリゾート地などをモチーフに、FRPを使用した立体作品を発表している。主な展覧会に、個展『fountains』(亀戸アートセンター/東京/2021年)、個展『concrete temple』(artstudio NAZUKARI WAREHOUSE/千葉/2022年)がある。

基本情報

開館時間平日 10:00 〜 17:00 土曜・祝前日 9:30 〜 19:00 日曜・祝日 9:30 〜 18:00
最終入館は閉館時間 30 分前まで
休館日月曜日(祝日の場合は翌平日)
料金一般:1,000( 800 )円 / 大高生・65 歳以上:800( 600 )円
*()内は 20 名以上の団体料金。
*中学生以下無料・障がい者手帳をお持ちの方(または障害者手帳アプリ「ミライロID 」提示)とその介添者( 1 名)は無料
主催市原湖畔美術館[指定管理者:(株)アートフロントギャラリー]
後援市原市教育委員会
協力一般社団法人市原市観光協会、市原 DMO、市原歴史博物館、小湊鐵道株式会社、高滝湖観光企業組合、高滝湖企業連携 PJT、千葉県高滝ダム管理事務所、有限会社 元木養鶏、養老川漁業協同組合、養老渓谷観光協会

ワークショップ・イベント

イベント

終了菊地良太ワークショップ「ARTIST WALK TOUR@高滝湖」

LINK

イベント

終了フォーラム 「湖の記憶、川の思い出」

LINK

イベント

終了「ダム×アート」対談

LINK

イベント

終了南条嘉毅ワークショップ「見えないものを見るために」

LINK

カタログ

展覧会の全作品写真、コンセプト、メイキング、作家紹介と共に、養老川と高滝ダムについての寄稿、地域の人々へのインタビュー等を収録。

仕   様:B5版、並製、80ページ、カラー
編集・発行:市原湖畔美術館
デ ザ イ ン:direction Q
発   売:現代企画室
発 行 日:2023年8月10日(予定)
価   格:未定