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末盛千枝子と舟越家の人々 ―絵本が生まれるとき―

2023.04.15.Sat.

- 2023.06.25.Sun.

何を美しいと思うか


日本を代表する彫刻家・舟越保武の長女に生まれ、上皇后陛下美智子さまの講演録の編集者としても知られる末盛千枝子。「絵本は子どもだけのためのものではない」との思いのもと、人生の悲しみや希望、美しさを伝える多くの絵本を世に送り出し、東日本大震災では被災地の子ども達に絵本を届ける活動を立ち上げました。
本展では、末盛がさまざまな人々との出会いと協働によって生み出した珠玉の絵本の原画や貴重な資料とともに、彼女を育んだ芸術家一家――彫刻家の父・保武、弟・桂、直木、自らの句作を断念し彫刻家の妻として生きた母・道子をはじめとする舟越家の人々の作品の数々を一堂に展観、その波乱に富んだ人生と仕事の全容に光を当てます。

ゲストキュレーター末盛春彦からのメッセージ ----->

映像制作:田村融市郎

見どころ

左:『あさ one morning』絵:井沢洋二 文:舟越カンナ(1986)、中央:『フランチェスコ』はらだたけひで作(1992)、右:『「私」を受け容れて生きる―父と母の娘』末盛千枝子著(2016)

絵本編集者・末盛千枝子の波乱に満ちた人生と仕事を総覧

編集者として最初に手掛けた絵本『あさ One morning』(井沢洋二 絵・舟越カンナ 文)がボローニャ国際児童図書展グランプリを受賞、ニューヨークタイムズ年間最優秀絵本に選ばれ、その後も話題作を次々と世に送りながら、末盛千枝子の人生は多くの悲しみと困難の連続でもありました。夫の突然死、長男の難病と障害、立ち上げた出版社「すえもりブックス」の閉鎖、再婚相手の介護と看取り。そして移住した岩手での震災 。しかし、決して運命から逃げず歩み続ける末盛の強くしなやかな生き方は、多くの人達に希望と勇気を与え、自伝エッセイ 『 「私」を受け容れて生きる―父と母の娘― 』(新潮社)は文庫化もされました。本展では、ゲストキュレーターに末盛の次男でクリエイティブ・ディレクターの末盛春彦を迎え、末盛の波乱に満ちた人生と仕事を様々な角度から照射、総覧します。

上段左:舟越保武《ダミアン神父像》(1975)を前にする美智子さまと末盛千枝子。、右:舟越保武《少年・イエス》(1986)、下段左:舟越桂《冬の本》(1988)、中央:舟越直木《 Drawing 》(1987)、右:舟越カンナ《うしろすがた(末盛千枝子) 》(2010)

保武・桂・直木・・・舟越家の人々の芸術が一堂に会する

7人妹弟の長女であった末盛千枝子。その人としての礎は、高い理想と厳しい現実のはざまを生きた芸術家一家、 舟越家の人々とともに育まれました。本展では、日本の彫刻界において傑出した位置を占める父・保武、弟・桂、直 木の彫刻作品とドローイング、さらに詩歌人として知られた母・道子、妹・苗子、茉莉、末盛とともに絵本をつくって いた末妹・カンナの作品を一堂に展示。末盛を育んだ精神的風土をさぐります。

左:『テレビディレクター 末盛憲彦の世界』(私家版、1984年)寄稿:川口幹夫、山川静夫、黒柳徹子、永六輔、中村八大、岩谷時子、舟越保武、他、右:『パパにはともだちがたくさんいた』(1985)文:すえもりちえこ 絵:つおみちこ

独自の絵本づくりへと向かわせた「テレビディレクター末盛憲彦の世界」を回顧

末盛の独自の価値観に基づく絵本の出版は、NHK 「夢であいましょう」などの名ディレクターとして知られた末盛憲彦の突然死がきっかけでした。悲しむ息子たちに父親の姿を本にして伝えたいという思いから『 テレビディレクター 』 、絵本『パパにはともだちがたくさんいた 』を出版し、お茶の間に夢を 届けようと奮闘した夫の遺志を継ぐように絵本づくりに向かいます。本展では、永六輔や黒柳徹子などと共にテレビ草創期を創り上げた憲彦が遺した貴重な写真、記録、資料も展示します。

左:『どうぶつたち(THE ANIMALS)』詩:まどみちお 選・訳:美智子 絵:安野光雅(1992)、右:『橋をかけるー子供時代の読書の思い出』美智子さまご講演 装画:安野光雅(1998)

美智子さまの講演録『 橋をかける 』 誕生秘話

末盛は 30 年以上にわたって上皇后陛下美智子さまを編集者として支えてきました。まどみちおの詩を美智子さまが英訳された絵本『どうぶつたち』、『ふしぎなポケット』の出版。そして IBBY(国際児童図書評議会) の名誉総裁であった美智子さまのニューデリー大会でのビデオによる基調講演の実現、ご講演録 『 橋をかける 』 の出版は、世界 の児童図書活動において画期をなすものでした。本展では、末盛が手がけた美智子さまのご著書のために描かれた安野光雅の原画(宮内庁所蔵)を展示、また美智子さまのご講演の貴重映像を上映します。

左:『作家』作:M.B.ゴフスタイン 訳:谷川俊太郎(1986)、中央:『おばあちゃんのはこぶね』作:M.B.ゴフスタイン 訳:谷川俊太郎(1996)、右:『ピアノ調律師』作:M.B.ゴフスタイン 訳:末盛千枝子(2005)

ニューヨーク公共図書館所蔵ゴフスタイン原画本邦初公開

「人生で自分の好きなことを仕事にする以上に幸せなことがあるかい?」(『ピアノ調律師』より)。近年ますます人気が高まるM ・ B ・ゴフスタイン。彼女との出会いは、大人がまだ絵本を手にすることなどない時代、末盛が探し求めていた絵本の世界を開示するものでした。以来、ゴフスタインは日本での出版を末盛に託したのです。本展ではその原画すべてを所蔵するニューヨーク公共図書館から貸し 出しを受け、『ピアノ調律師』『ゴールディーのお人形』等の主要作品の原画を本邦初公開いたします。また、各国のブックフェアや国際児童図書評議会(IBBY)の活動で末盛が出会ったエリック・カールをはじめとする世界の絵本作家からの手紙や写真等の資料も展示いたします。

被災地の子どもたちに絵本を届けたプロジェクトの記録

2010年、父の故郷である岩手に移住した末盛はその翌年、東日本大震災に遭遇します。 長年にわたるIBBYの活動を通して、戦火にさらされた子どもたちが誰かの膝に乗せてもらって、絵本を読んでもらうときだけ、おだやかな気持ちを取り戻せるということを知る末盛は「3.11絵本プロジェクトいわて」を立ち上げました。1か月で23万冊の絵本が集まり、被災地の子どもたちに絵本を届ける活動は以後10年間にわたって続けられました。本展では、その活動の全容を、写真パネル、IBBYロンドン大会での末盛のスピーチ映像、国内外から寄せられたメッセージ等を通して紹介します。

プロフィール

末盛千枝子[1941-]

1941年東京生まれ。高村光太郎により「千枝子」と名付けられる。 4歳から10歳まで父の郷里・盛岡で過ごす。慶応義塾大学卒業後、絵本の出版社に勤務。「夢であいましょう」等で知られる NHKディレクターと結婚、2児の母となるが、夫の突然死のあと、最初に出した絵本『あさ・One morning』でボローニャ国際児童図書展グランプリを受賞。1988年、 すえもりブックスを立ち上げ、独立。まど・みちおの詩を美智子さまが選・英訳された『どうぶつたち THE ANIMALS』やご講演をまとめた『橋をかける 子供時代の読書の思い出』など、話題作を次々に出版。1995年、古くからの友人と再婚。2002年から2006年まで国際児童図書評議会(IBBY)の国際理事をつとめ、2014年には名誉会員に選ばれる。2010年、岩手県に移住。2011年から10年間、「3.11 絵本プロジェクトいわて」の代表を務めた。
主な著書に『人生に大切なことはすべて絵本から教わったI、 II』(現代企画室)、『ことばのともしび』(新教出版社)、 『小さな幸せをひとつひとつ数える』(PHP研究所)、 『「私」を受け容れて生きる』(新潮社)、『根っこと翼・皇后美智子さまという存在の輝き』(新潮社)などがある。

末盛春彦(ゲストキュレーター)[1977-]

1977年、東京生まれ。 末盛千枝子の次男。文化学院卒業後、クリエイティブ・ユニット A super rabbit を経て、末盛春彦事務所を設立。ラジオ・テレビ、広告、企業プロダクト等のクリエイティブ・ディレクションを務める。東日本大震災以降は、被災した子どもたちに絵本を届ける「 3.11 絵本プロジェクトいわて」の取り組みに参加、幹事を務める。近年の主な仕事に、 TOKYO FM [ Honda Smile Mission ]、チェリオ[ CBDX ]がある。

舟越保武[1912-2002]

岩手県一戸町に生まれる。県立盛岡中学校在学中に高村光太郎訳の「ロダンの言葉」に感動し彫刻に惹かれたことをきっかけに、彫刻家を志す。1939年東京美術学校彫刻科を卒業。この頃から、独学で石彫の直彫りをはじめ、その後第一人者となる。聖女像などキリスト教信仰やキリシタンの受難を題材とした作品も多数制作。1967年から東京藝術大学教授を勤め多くの彫刻家を育てた。1987年に脳梗塞で倒れ半身不随となった後も彫刻を続け、死の直前まで作品を作り続けた。高村光太郎賞(1962)、中原悌二郎賞(1972)、芸術選奨文部大臣賞(1978)など受賞、1999年文化功労者受章。「何を美しいと思うか 」と絶えず家族に示し、芸術の厳しさを体現した父・保武は、末盛の価値観、生き方に大きな影響を与える。本展では、保武と家族全員がカトリックの洗礼を受けるきっかけにもなった生後8ヶ月で病死した長男・一馬を描いたパステル画、末盛の幼少期の彫像、代表作である《長崎26殉教者記念像(ヘスス像)》、ハンセン病患者に尽くし自らも病に倒れた《ダミアン神父》とそれぞれのデッサン、すえもりブックスより出版した絵本『ナザレの少年―新約聖書より―』の原画 、右半身が麻痺した後に左手で創作した《ゴルゴダ》やデッサンを展示する。

舟越桂[1951-]

舟越保武、道子の次男として岩手県盛岡市に生まれる。父・保武の影響で子供のころより彫刻家になるだろうと予想する。1975年、東京造形大学彫刻科卒業、東京藝術大学大学院に進学し彫刻を専攻する。大学院在学時、トラピスト修道院のために初の本格的な木彫作品となる《聖母子像》(1977)を制作。1986~87年、文化庁芸術家在外研修員としてロンドンに滞在。性別を感じさせない半身の人物像を特徴としており、2004年からは、両性具有の身体と長い耳をもった像「スフィンクス・シリーズ」を手がけている。これまでの参加した主な国際展に「ヴェネチア・ビエンナーレ」(1988)、「サン・パウロ・ビエンナーレ」(1989)、「ドクメンタ9」(1992)など。タカシマヤ文化基金第1回新鋭作家奨励賞(1991)、中原悌二郎賞(1995)、平櫛田中賞(1997)、毎日芸術賞(2009)などを受賞。11年には紫綬褒章を受章。近年の主な個展に「舟越桂 私の中のスフィンクス」(兵庫県立美術館など4会場を巡回、2015-16)、「舟越桂 私の中にある泉」(2020-21)。本展では、すえもりブックスで出版された『児童文学最終講義』(猪熊葉子著)の表紙となった《 冬の本 》、絵本『おもちゃのいいわけ』にもなった家族のためにつくった木っ端のおもちゃ、東日本大震災の時に被災地に持参した彫刻《立ったまま寝ないのピノッキオ》と伝統手摺木版画で刷られた「ピノッキオ」の絵巻物、東北での体験から生まれた《海にとどく手》など10数点を展示する。

舟越直木[1953-2017]

舟越保武、道子の3男として東京に生まれる。1978年、東京造形大学絵画科卒業。1983年には、みゆき画廊において、絵画作品による初個展を開催する。以降もギャラリーQなどで個展を開催。1980年代後半からは彫刻に転向。その後は、なびす画廊、MORIOKA第一画廊、ときの忘れもの、GALLERY TERASHITA、ギャラリーせいほうなどで個展を開催した。節足動物の足を思わせるような長く、かつ緩やかなカーブを描いた線からなる作品や、人間の心臓を暗示させるハート形をした作品、単純化された人間の輪郭を想起させる作品などの抽象彫刻や、繊細な色彩感覚をもって対象物の存在感そのものを描き出すドローイングなどで知られる。本展では、直木の初期から晩年までの代表作を展示する。

舟越道子[1916-2010]

北海道釧路市に生まれる。旧姓、坂井。女子美術専門学校、文化学院で学び、1940年に舟越保武と結婚。当時すでに自由律俳句の世界で知られた存在であったが、保武の強い希望により、句作を断念、家族を支えた。55年後の1995年、俳句雑誌に「坂井道子はどこへ」という記事が掲載されたことにより、母・道子が文学に憧れただけの少女ではなかったことを子どもたちは知ることとなる。市川浩の哲学との出会いをきっかけに句作を再開、句文集や詩集も刊行した。芹沢銈介に染織を、難波田龍起に洋画を学び、絵画の個展も毎年開催した。

舟越苗子[1943-]

舟越保武、道子の次女として東京に生まれる。アメリカのウエストバージニア州立大学Concord College で絵画、彫金を学び 1966 年に卒業。ニューヨーク、アート・ステューデント・リーグでデッサンを学び、メイン州の工芸学校で彫金を学ぶ。ベルギー、ブリュッセルに滞在、フランス語を学ぶ。テレビ番組(海外局、および海外向け)で日本取材班の通訳・コーディネーターとして働く。父・母の最晩年の介護を担当 した 。 本展ではドローイングを出品する。

茉莉 ・ アントワンヌ ・ 舟越[1946-]

舟越保武、道子の3女として岩手県盛岡で生まれる。1969 年、慶應大学文学部卒業。以来、主にパリとブリュッセルで暮らす。ドキュメンタリー作家の夫ジャン・アントワンヌの日本をテーマにしたフィルム(日本の歴史シリーズ、日本の伝統工芸作家、井上靖、安藤忠雄、堤清二などの紹介)の制作を担い、現在は、フジサンケイ・パリに勤務、高松宮記念世界文化賞、ロン・ティボー国際音楽コンクールを担当する。本展ではシルクスクリーンの作品を出品する。

舟越カンナ[1960-]

舟越保武、道子の4女として東京に生まれる。桐朋学園演劇科卒業。末盛の手がけた絵本『あさ One morning』『冬の日 One Evening』『冬の旅 One Christmas』『そらに In The Sky』では言葉を担当、「まだ、絵本は子どもだけのものとお思いですか」というコピーはカンナの作。アーティスト、絵本作家。本展では、「うしろすがた」シリーズの中から家族を描いた作品を出品する。

基本情報

開館時間平日/10:00~17:00、土曜・祝前日/9:30~19:00、日曜・祝日/9:30~18:00(最終入館は閉館時間の30分前まで)
休館日毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)
料金一般:1,000( 800 )円 / 大高生・65 歳以上:800( 600 )円
*()内は 20 名以上の団体料金。
*中学生以下無料・障がい者手帳をお持ちの方(または障害者手帳アプリ「ミライロID 」提示)とその介添者( 1 名)は無料
*支払いは現金のみとなります。
主催市原湖畔美術館[指定管理者:(株)アートフロントギャラリー]
協力ニューヨーク公共図書館、宮内庁、岩手県立美術館、世田谷美術館、西村画廊、MTMコレクション、3.11絵本プロジェクトいわて、舟越家
ゲストキュレーター末盛春彦

ワークショップ・イベント

イベント

終了ギャラリーツアー

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イベント

終了末盛千枝子講演会「人生に大切なことはすべて絵本から教わった」

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イベント

終了オープニング・トーク「舟越家の芸術」

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カタログ

書籍『出会いの痕跡』
(「末盛千枝子と船越家の人々ー絵本が生まれるとき」記念出版)

日本を代表する彫刻家・舟越保武の長女に生まれ、美智子さまの講演録の編集者としても知られる末盛千枝子が、その波乱に富んだ人生の途上で出会った人々との思い出を語る。
貴重な写真や芸術家一家、舟越家の人々の作品も多数掲載。

【目次】
口絵:末盛千枝子の仕事と人生/舟越保武の作品/舟越桂の作品/舟越直木の作品/舟越道子、苗子、茉莉、カンナの作品
末盛千枝子エッセイ※『岩手経済研究』(2018-2021)連載・新潮社『波』寄稿を改稿
はじめに/第1章:舟越家の人々/第2章:憲彦・武彦・春彦/第3章:松尾だより/第4章:友人たち/あとがきにかえて「あのほほえみをー天に一人を増しぬ」
寄稿:「姉・千枝子のこと」舟越桂(彫刻家)/「舟越家の人々」末盛春彦(本展ゲストキュレ―ター)
「末盛千枝子の仕事」前田礼(本展企画者、市原湖畔美術館館長代理)
末盛千枝子年譜/出版リスト

版型・ページ数:四六並製 240ページ
発行日:2023年4月15日
発行:現代企画室