市原湖畔美術館では、日本を代表する版画家であり、市原市名誉市民である深沢幸雄の作品(銅版画、ガラス絵、パステル画、書など約500点)を中心に収蔵展示を行っています。常設展示室では、年に4回の展示入れ替えをしながら、市原市が収蔵する作品を紹介しております。
| 1924年 | 山梨県南巨摩郡増穂町に生まれる。父親が朝鮮総督府の官吏であったため、生後すぐに朝鮮半島に渡る。 |
| 1937年 | 忠南太田中学校入学。友人宅で『世界美術全集』を目にし、美術教師の影響で油絵を始める。日中戦争始まる。 |
| 1942年 | 東京美術学校(現・東京藝術大学)工芸家彫金部予科に入学。 |
| 1945年 | 東京大空襲で右膝に打撲傷を受ける |
| 1947年 | 小島咲子と結婚、媒酌人は川路柳虹 |
| 1949年 | 東京美術学校卒業 |
| 1950年 | 義父小島佐四郎の勧めで市原市鶴舞に移住 市原第一高等学校に勤務しながら、油彩を続ける |
| 1953年 | 「自由美術家協会展」に油彩画200号作品入選 |
| 1954年 | 独学で銅版画を始める |
| 1955年 | 「自由美術家協会展」銅版画入選 |
| 1957年 | 日本版画協会賞受賞 |
| 1958年 | 装丁装画を担当した川路柳虹の詩集『波』が芸術院賞受賞 |
| 1959年 | 千葉県美術展審査員(以後10年間) |
| 1963年 | メキシコ国際文化振興会の依頼によりメキシコで銅版画の技法を伝える |
| 1975年 | 日本版画協会理事 |
| 1977年 | 現代日本美術展審査員、多摩美術大学非常勤講師 |
| 1978年 | 日本国際美術展国内公募部門審査員 千葉県立市原高等学校退職 |
| 1981年 | 動ベルソー「チンタラ一世」制作 |
| 1986年 | 日本美術家連盟委員、多摩美術大学教授就任 |
| 1987年 | 紫綬褒章受章 |
| 1990年 | 日本版画協会理事長(~1994年) |
| 1992年 | 山梨県文化功労賞受賞 |
| 1994年 | メキシコ国文化勲章アギラ・アステカを受章 |
| 1995年 | 勲四等旭日小綬章受章 |
| 2000年 | 「市原ゆかりの作家深沢幸雄展」サンプラザ市原にて開催 |
| 2009年 | 「深沢幸雄展 悠久の時を超えて」市原市水と彫刻の丘にて開催 |
| 2010年 | 「銅版画の名手 深沢幸雄展」 笠岡市立竹喬美術館、東大阪市民美術センターにて開催 |
| 2013年 | 市原湖畔美術館の常設展示室内に記念室を開室 第16回山口源大賞受賞 |
| 2014年 | 「深沢幸雄展―銅版が奏でる詩―」市原湖畔美術館にて開催 |
| 2016年 | 市原市名誉市民の称号を贈られる |
| 2017年 | 逝去(92歳) |


《骨疾》/1955年

ダンテ『神曲』〈地獄編〉より《ブルネット・ラティーニ》/1956年

《笑いの底》/1961年

《青い假面》/1964年

《楯》/1967年

《窓》/1972年

《海の火花》/1974年
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《影(メヒコ)A》/1974年

《地母神A》/1978年

《城郭の中の人》/1983年

《紫煙》/1993年

《青い林檎》/2006年

2025.09.23.Tue.
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