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トークの様子

オープニングトーク 金氏徹平×村田沙耶香「変容する世界の中で」

レポート2022.06.03
金氏徹平さんと芥川賞作家の村田沙耶香さんをゲストにお招きして、それぞれの創作のことや、ゆかりのある千葉のこと、変容する時代のことなどお話いただきました。

開催日時:4月16日(土)13:00~14:00
登壇者:金氏徹平さん、村田沙耶香さん
司会進行:前田礼(当館館長代理)

―ふたりの出会いと現在までのお付き合いについてお話しいただけますか。

金氏:
村田さんの『コンビニ人間』が出る時に、編集の方から装丁の表紙のイメージとして作品を使わせていただきたいとのお話をいただいたのが最初です。それから、ゲラを読ませていただいて、とても面白くて、ぜひ使っていただければとお返事をしました。
もちろん自分でいろいろと作品を作るのですが、いろいろなコラボレーションや自分の作品が他のところで使われることは積極的にやりたいと思う方で、たとえ、自分の作品が全く違うように見えてしまったとしても、それはそれでと思っています。
装丁に作品が使われることは面白いことで、特に『コンビニ人間』は、僕の作品の見え方も変化するというか、もっと広がる感じがありました。それ以前にやろうとしていたものとの共通点も見つけられたので、すごく面白い経験になりました。

これまで、恵比寿映像祭で村田さんをお呼びして対談するなど、関係が続いていきました。昨年には、東京・表参道にあるGYREのギャラリーで、村田さんの展覧会(村田沙耶香のユートピア 〝正常〟の構造と暴力)が企画されました。他のアーティストも入れた方がいいということで、僕とイギリス人アーティストのデヴィッド・シュリグリーと3人展でやることになりました。その時にあらためて村田さんの作品を見返して、自分の作品との共通点や、展示として世界観を出すときにどうしたらいいかを考えながらインスタレーションを作りました。

―『コンビニ人間』で金氏さんの作品を使おうと思われたきっかけ

村田:
装丁に使おうと思ったのは、美術が好きな編集さんから「この金氏さんの作品を使わせてもらえたらすごくいいのではないでしょうか」と作品を見せていただいて、一目で好きになったからです。ハードカバーから文庫にするときには、装丁を変えることも多いのですが、金氏さんの作品の装丁は変えたくないと、文庫でも使わせていただきました。

金氏:
ちなみに、その装丁に使われたのは、タワーという2009年に作った作品です。元々はコラージュの平面作品が、アニメーション、映像作品となり、その後、舞台化されるなど、いろいろと展開していった作品です。箱状の物体からいろんなものが出入りしている作品で、スケールを持たず、身体的でもあるけれども無機質であるという世界観が、『コンビニ人間』と近かったのかなと思っています。

―そのあと、GYREでご一緒された時、どのような印象をもちましたか。

右:ボイルド空想(マテリアルのユーレイ)#38、右:ボイルド空想(マテリアルのユーレイ)#21 高橋龍太郎コレクション photo: Keizo Kioku

村田:
対談でじっくりお話できた時のことが一番印象に残っています。「僕はいろいろと積み重ねていくことが好き」とか、「団地を切断したい」とか話していたのを記憶しています。
私は、大学の必修授業でコラージュをやったことがあって、そのときの無邪気な楽しさを思い出したりして、忘れがたい面白いお話をしていただきました。
あとは、大きな作品を集めるための場所…

金氏:
MASK(Mega Art Space Kitakagaya) という、大阪にある大きな倉庫兼展示スペースですね。今回もそこにある作品を持ってきています。そこに一度、来ていただきました。

村田:
本の担当者とそちらに伺わせていただきました。その時は、「閉園になった遊園地からもらっていいものをもらってきたんです」とお話されました。

金氏:
今回も展示してますが、1階の雪男みたいな作品(ボイルド空想(マテリアルのユーレイ)#21)と、地下のロケットのような作品(ボイルド空想(マテリアルのユーレイ)#38)がそうです。遊園地で使われなくなったものを買い集めて来て、色とかを塗り直してアジアに輸出している大阪の業者から色を塗り直してももう使えないようなものがたくさんあって、安く譲り受けて作品を作りました。

村田:
MASKでは、大きな作品の中に金氏さんの作品があって、お仕事をなさっているところを訪ねました。楽しかったのを覚えています。(今回の展示には)あそこから運ばれてきたものもあるんですね。

―展覧会を先ほど一緒に見て回りましたが、いかがでしたか。

左:Smoke and Fog(City of Stones and Noodles)#8、右:Summer Fiction(Movie)#3 photo: Keizo Kioku

村田:
たまたまですが、子どものころから石が好きなんですよね。作品をよく見るとちょっと塗られていたり、不思議なものがついていたりして。いい石という感覚がありました。いい棒という感覚があるじゃないですか。そういう無邪気な感覚を感じました。金氏さんがいいと思った石を集めているという感じがしました。

金氏:
すごくよくわかります。子どもの頃に、例えば通学路でいい棒を拾ってずっと持っているような、そのままのことをやっているとも言えると思います。石も本当にそうで、もっと言うと、いろんな日用品や既製品も棒とか石と同じ感覚で集めています。理由もなく、なんか持ちたくなる、なんか接続したくなる、なんかアクションしたくなるような、そういうものに惹かれて、いっぱい集めておいて、それがいつか作品になるというところがあると思います。

村田:
すごくよくわかります。私も、いい棒を集めてました。ある日、コレクションしていたいい棒が腐ってしまって、母に捨てられた時の絶望感を思い出しました。

金氏:
大体、木なんですか。

村田:
私の好きな棒はだいたい木ですね。

金氏:
僕は木でなくてもよくて、ホームセンターで見つけた、なんか使い方のわからない棒とかでもいいです。外国のホームセンターに行くと、謎の専門的な工具とか使い方がわからない工具をいっぱい買って帰ったりします。

村田:
ホームセンターには、すごい意味不明な何に使うかわからないけどワクワクするモノってありますよね。

金氏:
僕の作品はモノを集めるのことが9割で、いいものが集まればもう作品ができたようなものです。素材は、拾ってくるような感覚だけれども、買ってくるモノが多くて、国内も海外のホームセンターにもよく行きます。
ホームセンターの中を巡っていると、使い方はわからないけれどなんかすごくいいなというモノを見つけては、どんどんかごに入れていくのですが、かごに集まったものが全く脈略もない、何をする人かわからないかごの状態になるんです。
なので、外国だと店員さんが気軽に話しかけてくるので、何をする人なのかと聞かれ、「アーティストだ」と答えると、「ああ」となるけれども、日本では、「アーティスト」と言うと、余計に怪しまれるんです。
自分でも何に使うかわからないモノも入っていて、店員さんも使い方がよくわからない、どこにあったモノかもわからないと、何に使うモノなのかと聞かれることがあります。売る方も買う方も使い方がわからないモノ、そういう時、ゾクゾクします。僕のやりたいことがそこでほぼ成立します。

村田:
個人的に雪も好きで、金氏さんの作品を見ながら思ったのは、雪を見るとき、いわゆる雪というイメージが刷り込まれた雪に目線を向けていましたが、ぐちゃぐちゃになったところとか、踏み荒らされて模様になっていたり、土が混じっている雪も綺麗で面白いんだということが、面白かったです。

金氏:
雪はずっと扱っている重要なモチーフです。自然現象だけれど、それが降りてきたとき、人の世界で人工的なものと出会って、初めて形になるものです。例えば、雪が積もると、下にあったものをなぞって形ができるし、必然的にほこりやいろんなものが混じってくる。そういうモノとして興味があります。
雪だるまにも興味があって、なぜみんな、造形的な欲求をそこから掻き立てられるんだろうとも思うのですが、雪の玉に身の回りのモノを突き刺して、形を作っていく行為は、僕がやっていることそのままじゃないかなと思います。雪は、液体で流動的なモノなので、くっつきやすいし、固められると大きくなります。自分にとって造形とは、日用品だったり、既製品を雪のように見て造形するわけです。どこからか降ってきたモノとして見て、雪だるまを作る感覚です。でも、それらのモノは境界線がはっきりしていてくっつかない、それを、どうやってくっつけるか、そこで造形的なアイデアが必要になってくるんです。

村田:
急に人類が絶滅したとして、ねこは可愛いから残ったとして、人間だけが滅亡したとして、他の惑星から宇宙人が来て、残されたものがなんだかわからないんだろうなと思う感覚で色んなものを見てみたいという思いがあります。
人間は知識があるから、ビルだな、橋だなとわかるけど、その景色がなんなのかが本当にわからなくて、形だけ見て気持ち悪いとか、かわいいとか、どう思うんだろうという思いがあります。そういう目で見たいという欲求があって、金氏さんの作品はそれを叶えてくれるというか、そういう欲求を満たしてくれる気がします。

金氏:
それをやってみようとしているところはあるかもしれません。
雪のことで言うと、展示作品の中で、結構汚い雪が映っていたと思うのですが、あれは、越後妻有の芸術祭に参加した時に撮った写真を使った作品で、除雪車が通って踏み固められた雪だったり、巨大なショッピングモールの駐車場に除雪車が人工的に積みあげてできた雪山だったりします。それを見て、そこに含まれているいろんなものを想像したときに、この塊が作りたいものだなと思ったのです。全く関係のない脈略のないものがひとつの塊になっている。あの雪山から刺激されて作った作品が越後妻有のインスタレーションになりました。

村田:
階段の下の映像(Summer Fiction(Movie)#3)の雪山は、小さい山かと思ったら、結構大きな山で、人間が登ったりしている映像作品でした。

金氏:
あれも、巨大なショッピングモールの駐車場にあった雪山で、僕と、映像のアーティストと音のアーティストと3人で、照明を当てたり、音を録音したり、いろいろやって撮った映像作品です。映像の中で動いている人は自分たちで、試しに雪山に登ってみたり、光を当ててみたりしてました。その雪山は、すごい存在感があるのですが、地元の人たちには普通過ぎて見えない存在になっていました。外の人間にとっては、ただのきれいな雪山でもないし、異様な光景でした。撮影は、昼間にやると変な目で見られるので、夜中にやりました。

―子どもの頃の記憶について、お聞かせください。

金氏:
子どものころからずっと同じことをやっているので、いつ大人になったかわかりません。僕のやりたいことのひとつとして、境界線を今ある境界線と違うところに引いてみたいというところがあります。そういう意味では、大人と子どもの境界線って本来あいまいなもので、生物学的には引こうと思えば引けるけれども、例えば、どういう興味を持つとか、行為をしてしまうとかに視点を持っていくと境界線は引けないと思っています。
村田さんの作品を読むと、リアルな現実を描写しているけれどもちょっと違うところに境界線が引かれている、それだけで全然違ってしまうということが描かれていると思います。それがすごく共感できることとしてあります。登場人物の思春期のことを描くこともあって、そのときの境界線が揺らいでいる、話の中でも変化し続けるところが面白いと思っています。

村田:
境界線というか、私は、子どもの頃は父方が長野だったので、お盆の時とか長野の田舎、山で過ごしていました。変な話なのですが、父は山の人なので、トイレしたいとなったらそこでしておいで、と言うような人でした。私は千葉ニュータウンで育ったので、ニュータウンでは絶対に許されないことも、それが山のおきてだからと言われたことがあります。
外国に行くとどうしても、ここでおしっこをするしかありませんという時があって、その時の、野ざらしのお尻の感じ…
金氏さんの作品を見て、なぜかそのことを思いだしたんです。
最近、外でおしっこをしてないなと思ったんです。

金氏:
すごいよくわかるというか、子どもたちとワークショップをやることが多くて、どうしたらアーティストになれるかという質問を受けることもあります。その時に、やっちゃダメなことをやり続けたらアーティストになれるよと言っています。普通はやるとお母さんとかに怒られることを、どうしたら怒られずにできるかを考えて、それが実現できる人がアーティストなんだよと言ってます。
そういう意味では、外でおしっこすることも一緒だと思います。
基本的に僕の作品はやっちゃいけないことが多いです。

―村田さんは千葉県印西市出身で、金氏さんはご両親が千葉県のご出身で、おふたりには千葉県という共通点があります。千葉についての印象をお聞かせください。

村田:
幼少期の想い出としてすごくあります。『白色の町の』という作品では、ニュータウンを真っ白な光景として描いています。
やっちゃいけないことって楽しくて、空き地には入ってはいけないのですが、公園よりも空き地の方が楽しい場所でした。そこにどんどん新しい家が建っていくので、ずっと工事中の景色を見ていました。だから、工事現場を見ると、今も懐かしい、子どもの頃にずっと見てたなぁと思います。

金氏:
子どものころから、毎年夏休みとお正月はいつも千葉にきていたので、思い入れもあるところです。主には祖母の家がある東金や親せきがいた野田とかに行っていました。
子どもの頃なので、そこまで考えてなかったのですが、今思えば不思議な土地柄だったなと。東京からの距離感や、都会ではないし、海が近くて自然がいっぱいあるけど、大自然というわけではない、なんか微妙な感じを抱いていました。
久しぶりに千葉にじっくり滞在して、市原は東金と離れているのですが、市原もそんな ”千葉っぽい感じ” がしてます。東京から来るのに時間はあんまりかからないけれども、東京とは全然違う風景が広がっています。文章でもグラデーションという風に書きましたけれど、都会でもない、田舎でもない場所。言い方が本当に難しいのですが、なんか空洞があるというか隙間があるというか、そこがすごく面白いなと思っています。東京からすごく離れている田舎だから隙間があるわけではなく、程よい距離感があって隙間がある感じが想像力を掻き立てられる。そこが、今回の展示にも影響しています。

実際に採石場みたいなところを見て周ったのですが、東京で壊されたいろんなものがやってきて保管されてまた加工されて離れていくみたいな場所がたくさんあった印象があります。仮面ライダーが怪人と戦う場所であったりとか、美術の歴史で言っても、ランドアートみたいなことをやっていた人たちって、そういうところでむちゃくちゃなことをしてて、爆破させてみたりとか、接着剤を山の上から流してみたりとか、実験的なことをする場所としてもあります。大規模な自由なことをやってみようという気持ちになる場所でもあるなと思いました。

―村田さんが書かれた小説『消滅世界』では、千葉県を実験都市として想定していますね。

村田:
なんとなく自分が見ていた世界に想像力を重ねるということが好きだったんですね。子どもの頃に初めて書いた作品も5つ子の同じ顔の女の子が、自分の住んでいる街と全く同じ街で何かをしているという話でした。場所は架空で、架空の何かを乗っけるというのが好きで、『消滅世界』を書いているときも千葉に行って、実家のあたりをうろうろしていました。
自分がいた頃のニュータウンは、きれいな街でこれからどんどん発展していきますと言われていたのが、次第に大きなショッピングモールがいくつもできてきて、子どもの頃とは全然違う街に進化している。生き物っぽさというか、大人が言ってた模型とかは全部嘘だったし、全然違う光景になっているということが面白いのかな。
なので、同じ街に違う想像力をどんどん重ねる、それで今度はこっちに想像力を重ねる、そういうことが面白いんだと思います。パズルみたいにやってしまう遊びなんだと思います。

ーそのような小説の作り方は金氏さんと共通するように思えますが。

金氏:
現実との関係性だったり、想像力の隙間だったり、同時に想像力が重なるところが、聞いていて一緒だなと思いました。

ー今回の展覧会では、「都市」と「自然」の「間」をひとつのテーマに作られたということですが。

金氏:
「都市」と「自然」でもありますし、「フィクション」と「現実」でもあります。考えていくと線引きができない状況がリアルだと思っています。物質として人工的なものと自然のものを対比させることが、この美術館の建築も含めてちょうど合っているんじゃないかなと思いました。普段、作品を作っている上で考えることでもあるのですが、何を自然と呼んでいるか、何を人工的と呼んでいるかということ自体があいまいで、この美術館を返してそれをあらためて考えさせられました。

ー市原湖畔美術館は人工湖である高滝湖の畔にある美術館で、1995年に開館した「市原市水と彫刻の丘」のリノベーションにより誕生しました。美術館についてどのような印象を持たれましたか。

金氏:
最初の建築の時からリノベーションで、大分、すっきりとさせたのではと思います。たぶん始めはバブル的な要素がかなりあったと想像できるのですが、そこから要素を取り除いてすっきりさせたことで、いつの時代のモノでもなくなるというのも面白いなと思いました。どこでもない場所、いつでもない時間というのは、やってみたいことのひとつです。

村田:
市原湖畔美術館の屋上は不思議な場所で、迷っちゃいそうだし刺さっちゃいそうな面白いところでした。誰も見ていなかったら、もっとはしゃいで走り回ってたと思います。リノベーションされた建物がどう変わったかなど聞くのが好きで、展示室内の吹き抜けのところに昔は水槽があって、水中展示をする場所があったという話などワクワクしながら聞いていました。

ー新型コロナウイルス感染症のパンデミックやロシアによるウクライナ侵攻などがあり、S.F.に描かれていたような世界が現実のものになってきているように思えます。金氏さんが想像していたような世界がリアリティをもって感じられることがありました。おふたりが今の世界をどのように考えられているのか、ご自身の制作をどう展開していこうと考えられているか、お聞かせいただけますか。

金氏:
僕のスタンスとしては、今の状況がS.F.みたいだとは、そんなに思っていません。元々そういう世界で、ある部分を強調して描くとそういうS.F.になるくらいに思っています。変容していない世界はないと考えています。コロナの特徴としては、同じものが境界線なく流行ったというか、見えやすくなったというか、目に見えていなかったものの存在を意識するようになったというか、そういうところが特徴のひとつなのかなと思います。
ただ、僕がやっていることは変わらなくて、目に見えないものに身体的にも精神的にも人が影響されていて、常に世界が変化していっていると思っています。その一方で、戦争では国という単位が強調され、そこで新たに境界線が強調されるように思います。国という単位に限らず、いろんな規模で、日常的にもそれぞれの戦争があると思います。
こういうときに、僕がコツコツとやってきたことが注目されることがいいことか悪いことかはわからないですけれども、例えばコロナにしても自然災害にしても、それらがどういう形をしているのかを考えると、都市や人間に関係するものの形、フォルムがあるのではないかと思います。それらの形を探し続けることが僕の仕事のひとつにあるのではと思っています。目に見えないもの、形のないものについて考えるときに、まずは目の前の形があるものに目を向けて、それを出発点にして作品を作っていくことは、今後もやっていくことではないかなと思います。

村田:
変容というの本当にそうで、ここまで世界が激変と言われるほどになる前から、ずっと私は、個人的な変容、自分という人間がどこまで自分なのかを考えていました。
私は自分がコップだという感覚があって、外から何かが入ってくることで、お水のコップになったり、違う液体が入ったら、また違うコップになります。どこまでが自分なのかがわからないまま、知らないまま、いろんなものを摂取している感覚があります。生きている場所、例えば、幼少期に千葉ニュータウンにいて、ずっと工事現場を見ていてその音とかいろんなことが入ってきているんだと思います。
SNSのツイッターのアカウントが8つあって、ログインするアカウントによって、盛り上がっている会話がそれぞれ違ったりします。同じ瞬間なのに、全く違うことにびっくりしたり、がんばるぞと声をあげようとしたり、盛り上がったりしています。全然違う時間を生きていて、どこまでが自分かわからない、今も知らないうちに体の中にいろいろ入っていってるんだと思います。
ちょうどそういうことを考えているときだったので、作品にもちょっと影響していると思います。コロナ前から書いている小説が、『永遠に終わらない』という、本当に永遠に終わらない作品なのですが、主人公の中にも何か入って来ていて、最初のストーリーとは違う、意図的ではないけれども、何か空中に舞っている何か、ほこりとかみたいに、気がついてないけれども入ってきているという感覚はあります。
それによって自分が変化したり、物語が変化することが面白いと思っています。

ーアーティストの仕事は時代の予感のあらわれであるように思えます。

金氏:
難しいところですけれども、実際のいろんな出来事と作品が一致して見えてしまうことについては、どっちが先か分からない感じですね。元々、現実世界の可能性について作っているところもあるので、現実が作品みたいなのではなくて、そのひとつの現実の可能性の中に作品があるというか、言い方が難しいですけれども、そういうものなのかなという気がします。

村田:
私の場合には、小説を書く時に無意識を使って書いているので、自分でもできあがったものがなんだかわからないんですよね。例えば、昆虫スナックのことを何も考えずに書いていたら、無印良品から昆虫スナックが発売されたのですが、昆虫スナックが発売されると思って書いていたわけではありません。
予感は、普通に生きているとかアーティストとか、関係ないと思います。何か作品を作っている人は、そこが可視化されたやすいだけで、普通に生きている方も、何か謎の言葉とか、変なざわざわとかいっぱいある感じがして、それが面白いな、それが人間だなと思います。
時代性と関係なく、誰かと無意識が繋がっている感じがあって、それがなんか面白いなと思います。そういうことが、予感めいた感じになるのではないでしょうか。

金氏徹平さんと村田沙耶香さん

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